終戦記念日の祈り
8月15日の終戦記念日。今年も甲子園に祈りのときがやって来る。正午に重い響きのサイレンが流れて黙とうが始まり、すべての動きが静止する。
夏の大会でこの日を迎えると、いつも考えさせられる。戦火に散った人たちの無念さを思うだけでなく、存分に野球に打ち込める少年たちとともに平和であることへの感謝。そして豊かな時代といわれる中で、実は本当の豊かさを失いつつあるのではないか、という反省も…。受験戦争をはじめ、今は人に勝つことだけを優先させる競争社会になっている。そればかりが先行して思いやりや優しさ、いたわりといった他人に向ける心がうせる貧しさ。これが豊かといえるかどうか。
▽先人の苦難を糧に
高校野球にも苦難の日々を切り開いた先人の力がある。戦後の社会の復興のシンボルとして暗い時代を照らした。再び野球を志すことができる喜びを白球に託してきた。 戦争は知らなくても、その不幸な歴史を学ぶことはできる。忘れがちになっている周囲への感謝を、平穏さにかまけて甘え過ぎてはいまいかという自戒もいる。本当はとても幸運な日常を当たり前と解釈しているかもしれない。数え上げればきりがないほど、次々とさらなる思いが募る。
甲子園での勝ち負けは、そう気に病むものではない。ちょっとした油断や思わぬつまずきもある。それに緊張しすぎたり、動揺したり、難敵に遭ってやっつけられたりするのが人間で、むしろ人間らしいではないか。終戦記念日を思い起こしたら、一時の悔いは小さい、小さい傷である。
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