女性がベンチに初登場
1995年の第77回大会には、1月17日の阪神淡路大震災の傷跡が残っていた。復興への立ち上がりに加え、戦後50度目の大会という節目にふさわしく、初めて甲子園のベンチに女性が座った。
柳川(福岡)の高木功美子野球部長が責任教師として登場した。少年たちと男性の指導者しか立てなかった舞台にやって来た。94年の秋に就任した高木部長は剣道4段の体育教師。野球の心得はさっぱりで、スコアブックの付け方から習ったという。
話題を集めた「時の人」はギブスで固めた左足を松葉づえでかばいながら甲子園へ。選手との友好を計る卓球でアキレスけんを切ってしまい、無理を押しての参加だった。この大会で2勝した柳川には「勝利の女神」の力添えが大きかったのかもしれない。
▽女子マネも参戦
これを契機にして翌年の第78回大会には女子マネジャーが記録員としてのベンチ入りが実現した。それまでも女性野球部長、女生徒の記録員が地方大会に参戦するのは珍しくなくなっていた。だから、この新制度も時代の流れに沿ったもので反対の声はなかった。ただ服装面で「ユニホームを着てもらっては」「スカートはまずくないか…」などと少し戸惑いがあったらしい。
もう今はグラウンドに見える女生徒の姿に何の違和感もない。それまで改革に踏み切れなかったのはなぜ?という疑問がわいてくる。みんなで楽しい甲子園、に向かってきた。
| 固定リンク
「ニュース」カテゴリの記事
- 終戦後の変革期(2008.01.09)
- 92年の歴史を刻む(2008.01.09)
- 強くなった沖縄勢(2008.01.09)
- 一徹さで戦後をリード(2008.01.09)
- 魅惑のエース(2008.01.09)

コメント